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了善寺について
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歴史(沿革)

宗旨 浄土真宗・真宗大谷派(本山:京都東本願寺・真宗本廟)
山号・寺号 法性山 了善寺(ほっしょうざん りょうぜんじ)
開創 元和7(1621)年 八丁堀にて開創
寛永11(1634)年現在地(港区芝1丁目)に移転
開基 釋浄了(慶安2(1649)年6月2日西帰)
芝寺社書上 壱

『芝寺社書上 壱』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

関東大震災で被災し全焼した為、寺伝等は現存しません。開基の釋浄了は「主君が暗殺された後に出家得度した武士」と聞いていますが、真偽は不明です。江戸時代後期の史料『芝寺社書上 壱』(文政8(1825)年~同12年)には、開基(初代)釋浄了は「出所俗名等は相分り申さず候」とあります。
大震災にて焼失後、昭和15(1940)年十六代住職釋宏了によって再建された本堂が戦災を免れて現在に至っています。平成27(2015)年にはご修復工事を施しました。
尚、前住職(十七代)釋頑愚(がんぐ)(百々海怜(どどみさとし))は平成14(2002)年に西帰し、現在の住職は十八代釋真了(百々海真(どどみしん)・1965年生まれ)です。

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