「この世にとりては、よきひとびとにてもおわします」
2023.08.24
上掲は、親鸞聖人の手紙の一節である。(『聖典』564頁)「よきひとびと」とは、関東の門弟たちに送り、精読を薦めていた『唯信鈔』『後世物語聞書』『自力他力事』『一念多念分別事』などの著者である、法然門下の兄弟子―隆寛律師や聖覚法印を指す。つまり「法然門下の親鸞聖人」は「法然上人の御おしえを、よくよく御こころえたるひとびと」(同上)―法然門下の先達を仰いでいたのであった。

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とかく「親鸞教」の教祖として崇めるが故に、法然上人もあまり語られず、隆寛律師らは素通りする傾向を感じるが、贔屓(ひいき)の引き倒れになる一面があると思う。後世から見れば、法然と親鸞の思想に差異はある。が親鸞その人の視座は「私は法然を上回った」では決してない。
真宗寺院の本堂内陣に、聖徳太子〈安心/生活態度〉・七高僧〈教学〉が奉安されていることも考えあわせ、「弟子としての親鸞聖人」という姿勢こそ、習いたく思う。それは「宗=宗派/教団組織」として捉える歪み、セクト主義を超えていく営みでもある。「宗」は「畢竟依」であり、「処世の完全なる立脚地」である。親鸞をして親鸞たらしめた「宗」が、親鸞以前から現在まで流れる本願力である限り、「宗派」の線引きで切り取れるはずがないのである。
過日、教区有志15名(東京教学会議)にて、厚木市飯山にある隆寛律師の墓所(本願寺派光福寺様)、善鸞上人墓所(本願寺派弘徳寺様・二十四輩・第五・開基:信楽坊)に参拝するご縁に恵まれた。 その後は法友成田住職のご自坊、大谷派金相寺様(神奈川県相模原市)に移動し、青柳英司先生から「隆寛の生涯と思想」との題で、講義いただいた。
暑い一日だったが、充実の一日であった。やはり座学のみならず、身を運ぶ学びは格別である。


講義では隆寛の生涯を概観した後に、著作『弥陀本願義』を示しながら、隆寛=多念義(一念往生を否定する立場)という捉え方は正しくないこと、つまり念仏の回数にとらわれるありかたを超えた立場であることを話された。
『一念多念分別事』にも「多念すなわち一念なり、一念すなわち多念なり」(聖典939頁)とある通りである。
(従来の「多念義」との評価は、根拠があるわけではないが、あるいは隆寛の門弟、智慶(ちけい)らにその傾向があったからかもしれない、とのこと)
隆寛の著作には、曇鸞大師の『浄土論註』が多く引用されていること、また隆寛の浄土理解に親鸞聖人は大きく影響を受けていること等、大きな示唆に富む講義であった。隆寛が曇鸞の思想に学ばれていたこと、そのことが親鸞に多大な影響を与えた―との見解も大いに首肯できる内容であった。
結果的に質疑応答も実に活発。講義の前半・後半にそれぞれ5,6名が発言され、こちらも熱かった・・。
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隆寛律師が『顕選択』を執筆し、法難に遭い、流罪地で生涯を終えた事実から、師教に生きる姿勢が仰がれる。仏恩師恩こそ。南無阿弥陀仏
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