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コラム・法語
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聖徳太子『十七条憲法』

2021.03.21

親鸞聖人を親鸞聖人たらしめた本願力は最も具体的には勢至菩薩=法然上人であり、観音菩薩=聖徳太子である。伝統的にも「安心(教え)は七祖に 行儀(生活)は太子に学ぶ」のが浄土真宗の骨格である。この点は真宗寺院の荘厳からも明確である。太子千四百回忌を迎える今年、歴史的研究のみならず、「親鸞聖人にとっての聖徳太子観」が明らかになることを期待している。

法隆寺「夢殿」
本尊 救世観音菩薩立像



現行の真宗大谷派『真宗聖典』には、日本最古の憲法 『十七条憲法』が収まっている。政治はそのまま仏道と示して下さるのが聖徳太子のご一生である。よく耳にする「同朋社会の顕現」(大谷派宗憲)とは「和国」建立の意味であり、その実践原理は『十七条憲法』と私は頂戴する。虚仮なる世間を軽視するごう慢でなく、理想論の主張でもなく、虚仮なる世間にしっかりと両足で立ち得る公明正大な指針である。

「私心」に立場することを問題の根源と見据え、「無私なる公共性」(毎田周一師)に立て!と促す『十七条憲法』に照らすと、問題点はハッキリする。
寺の私物化はかつての宗門紛争だけでなく、足下の課題である。また政治の派閥化、総理大臣の息子の威光を利用する企業と言いなりになる官僚、地域エゴ・住民エゴ・・。古代の憲法で戒めていることが現代でも達成し得ていない。時代劇さながらの会食接待は「国家公務員倫理規程」の有名無実化の証である。

十年余り前のこと。ある寺で法話をした際にその寺の坊守さんから感想を聞かせていただいたことがある。「三帰依文の後に自己紹介で「ウチの寺」とか「私の寺」とは言われずに「私がお預かりしている寺は東京港区の・・」と言われましたね。その「お預かり」が最も響きました。有難うございました」と。
その坊守さんのおかげで、さしたる考えもなく言った自分の一言が今でも課題になっている。「お前、預かっているとホントに言えるのか」と。

先日スズキの鈴木修氏の退任が報道された。またコロナ政策の成否も各国の政治指導者の力量・政治的総合判断に左右されている。'優秀なリーダーである限りにおいて'、その「詔(みことのり)」を承ることで軸足がブレない組織が生まれる。
また「私を背きて公に向(ゆ)く」の「公=天皇」と読まず、個人を犠牲とする滅私奉公とも読まない。暁烏師が示す通り、私=「自力の心(自我)」・公=「弥陀の本願(法)」と読みたい。 カリスマ依存の「人治」でなく「法治」である。 『十七条憲法』は、 万国に通じ生きとし生けるもの全てを通貫する公けなる道理・法による真の「法治」国家を示唆する一言である。

暁烏敏師は「十七条憲法を鑑(かがみ)とした日本国憲法の自主制定」を戦後に提唱された。昭和26年占領統治下の日本において、財政ガタガタで給料遅配、3000万円の借金(当時の年間予算約1億2000万円)を抱え、モラルも下がった瀕死の大谷派を議員でもない師は盲目老躯のままに引き受けた。再三固辞されたが、度重なる電話と電報、使者の来訪で「自信なけれど断りかね、よろよろと立ち上がりました」と返電。齢75歳の「念仏総長」は誕生する。その後の実質11か月は『十七条憲法』の実験であった。
「借金の話はもうこれで打ち切りです。借金取りへの言い訳は私が全部引き受けます。大本山が三千万ぐらいの借金が何ですか。この本山は念仏から湧き出たものです。念仏の中に衣食住があります。念仏が湧くところに本山は栄えます。念仏が消えれば本山も消えるがよかろう」。
「三宝」を「畢竟依」(ひっきょうえ・根本の立脚地)とするとは、こういう言葉が湧くことを指すのだろう。

念仏は公の世界からの音信であった。念仏をも私有化し、時にはアリガタイ気持ちになる為の道具にし、幸福追求の手段としている私を呼び覚ますのが念仏であった。

新型コロナ下の本年、聖徳太子千四百回御忌を迎える意味は極めて重大である。南無阿弥陀仏

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