「どっち行っても地獄やぞ」藤場美津路師の仰せ
2026.02.26

2月25日、石川県「小松・大聖寺教区 同朋の会」役員氏と法友のお二人が来寺くださいました。朝から15時半過ぎまで、私を含む8名の僧分との語らいの時を頂戴しました。
昨年12月、同朋会と推進員連絡協議会共催の報恩講に参りましたが、その前夜の役員有志5名との会食の場で、僧俗ともに求道の意欲が低下し参詣も減少、聞法道場としての真宗寺院の相続、法話も個人の所感どまりなど、銘々の深い危機感をお聞かせいただきました。和田稠師、山腰大樹師、林暁宇師、谷田暁峯師、藤場常清・美津路師ご夫妻等々から聞き抜いてきた諸氏の声には、仏恩師恩に尽くさんとする熱い志願と深い懴悔が感じられました。
年明けになっても、その場の響きが私の身の内に残り、ならば役員有志諸兄姉との懇談の場を開きたい―と思いたち、お願いしたことでした。
というのも、役員有志らは現実への嘆きにとどまらず、地元の若手僧分との共同学習の場を自主的に開いてくださっている姿勢に感銘を受けてのことでした。
3月半ばに僧分10名余りで小松に伺う予定ですが、2月初めに小松のE氏から連絡がありました。「来月の語りあいは大切です。どのように進めるか、打ち合わせしたいです」とのことでした。
ならば・・と電話で話し始めると、「大事な語りあいですから、東京に伺います」。懇談の場を依頼した私よりも、80歳の御同行の方が真剣なのでした。
日帰りでお越しくださるとのお申出に、「仏法大事」など嘘ウソ、電話で済まそうとした自分が照破されました。
E氏からお聞きしたこと。
経営する鉄工所が銀行融資をとめられ、倒産ギリギリの時のこと。
長年師事されていた山腰大樹師(旧日本軍少佐・復員後に石川県庁に勤務し戦後教育に尽力・少年期から暁烏敏師に師事、後に曽我量深師からも聴聞・ 1500名余りの会員を擁する聞法の僧伽を組織・金沢仏青の礎を築き「聞」を発足)は既にご西帰、藤場美津路師に相談に。
E氏 「どうしたらいいでしょうか?」
藤場師「そんなこと、私に聞かれてもわからん。お前が行こうとしている二つの道(倒産か、再建か)、どっちへ行っても地獄やぞ。迷うとる鬼が行くんやから地獄に決まっとる。お前はやりたいこと、無いんか?それは命をかけてやぞ」
生きた浄土真宗に触れさせていただきました。
E氏は、談話の中で暁烏先生の仰せ「ほんとうにしたいことがあったらそれをやれ。それで死んでも悔いなかろう」を引かれましたが、二つの仰せが言わんとすることは一つです。
往生浄土とは、「地獄逃れの極楽参り」を夢見る自我に立つ私を、地獄の鬼と照らし出し、地獄に立たしめてくださる出来事なのでした。厳しい現実を乗り越えたいと念仏申すのですが、厳しい現実、「現前の境遇」こそが南無阿弥陀仏でした。E氏から、藤場師の仰せから道は開けた―との証言をお聞きできました。
活きた浄土真宗は、格別に響きます。南無阿弥陀仏















