「名利の太山(たいせん)に迷惑して」(親鸞聖人・聖典251頁)
2022.08.10
格別に暑い中、14時〜16時に月例法座-『和讃』に聞く―を開きました。2014年4月9日に学び始め、8年余りを経て、今日は高僧和讃「源信僧都」に耳を傾けました。
源信僧都は、比叡山に出家入山した後、頭角を現されて、15歳時には宮中で法華八部の講義をされたと伝えられています。俊才であったということでしょう。講義が素晴らしかったから、帝からご褒美として布帛を賜わり、その喜びを母上に伝えます。子息の活躍を喜ばない母親はいないでしょうが、僧都の母上は違ったのでした。仏門に入った我が子が名利にとらわれていることを悲しみ、「後の世を/渡す橋とぞ/思ひしに/世渡る僧と/なるぞ悲しき」との歌を返されました。「そなたは世を離れた身でありながら、世渡り上手な名利心に踊らされている僧となったのか・・」との返歌は、源信僧都の生涯を決定づけたに違いありません。
親鸞聖人もまた「名利の太山に迷惑」と悲嘆されていますが、「名利」(名誉と利得・そろばん根性)に立つ他なきわが身との出遇いがあったのでしょう。
吉崎から京都まで、約280キロほどの距離を蓮如上人の御影(肖像)を御輿(おこし)に載せて往復する御影道中(ごえいどうちゅう)が毎春行われています。そのリーダーは「宰領(さいりょう)」、オフィシャルサポーターは「供奉人(ぐぶにん)」と呼びますが、長年供奉人を務めた方に林暁宇先生が贈られた句を憶います。
蓮如輿(れんにょこし)名利のわれが供奉(ぐぶ)もうす 暁宇
「名利のわれ」が「名利のわれ」で無くなる話ではありません。「名利」の他にない「われ」は、御影道中を歩いていることをも「名利」にするのです。仏道も「名利」でしか受けとめられない。「われ」に「名利」が芽生えるのでなく、「名利」=「われ」です。「名利」を照らされるままに「供奉もうす」のでした。
「光明遍照衆生摂取力まします」。(聖典185頁)そのままを照らされるとは、そのまま摂取されることなのでした。凡夫にとっては、一瞬見えるか、見えないか。それに尽きるのです。
妙趣深い一句、南無阿弥陀仏の世界が鮮やかに詠われています。南無阿弥陀仏