「戒聞」
2024.08.01
「嘆佛偈」に「戒聞精進」とあるが、その四文字が何を指し示しているか、私の上にどのような生活が開かれることか、どんな世界を生きることか―という視座に立って、暁烏先生が次のように述べている。
「真宗でも、禅宗でも、日蓮宗でも、耶蘇教(やそきょう・キリスト教)でも、何でも、私は聞きたいのである。真宗だから、といって、自分を真宗という小さな天地に固定させることは生命の流れを阻止する愚かな考えである。『バイブル』でも、小説でも、何でもよい。自分は万人の声を聞きたい。万人の心に触れたいのである。
ですからギリシャの人でも、ユダヤの人でも、ヨーロッパの人でも、アメリカの人でも、インドの人でも、中国の人でも、日本の人でも、古い時代の人でも、現代の人でも、すべて真面目に道を求め、道を聞いていった人々の至極純真な声を聞くことに努めておる。
そうして、その人たちの声を聞いて、私自身の魂を育てていきたいと思うております。これがやがて仏の声―真実の叫び―を聞くことであるから、聞くことは本当に大切です。胸を開いて聞く、これが「戒聞」をまもるということである。そうして、こうした戒聞をまもるには、ここに「精進」が必要となってくるのである」(『暁烏敏全集』第1巻235頁 「嘆佛偈講話」)
今月は師のご祥月だが、実にこの姿勢を貫かれたのが暁烏先生であった。
門弟毎田周一師が伝える次の逸話は、その実際を物語る。
「ある時の明達寺における講習会でのことであった。明達寺には古ぼけた電気蓄音機が一つある。そしてこれもまた古ぼけたベートーベンの第五交響曲のレコードがある。ある午後の会の時、皆でそれを聞くことになった。誠に微かな音がかろうじて出てくる。全くがらんとしたお寺の本堂では、レコードコンサートにも何にもならない。意気込んで集まってきた人々も一人去り、二人去り、もうレコードを操作している人の外には誰もいなくなった。その不完全な電気蓄音機の前にじっと耳傾けて聞いておられるのは先師ただ一人のみとなった。私はそれを見ながら困ったことになったと思っていた。機械を調べ、レコードを調べ、十分な用意をして、こういうことはしなければならないと心肝に銘じていた。
しかし先師はその不完全な、微かな再生の音の奥にベートーベンの心を聞きとろうと懸命であられた。そして最後まで聞き通された。人々の心の奥のかそけき動きをも聞きとろうとされる先師の平生のお姿はここにも十分に現れている。
これによって私も自分の心を先師に聞いていただいたのだと、去っていったすべての人たちと思い比べて、ああここにこそ如来がおいでになると思わざるを得なかった。機械やレコードを不完全なりとして、自分の聞き方の不完全に気づかない自分自身の態度の軽薄さをつくづくと思い知らしめられた。
真夏の午後のお寺の本堂にただ一人おいでになる先師を、遠くからこれもただ一人うろうろしながら眺めていた私である。このようなひそかな心の交流もあったのである」(『毎田周一全集』7巻394頁)
それにつけても「機械やレコードを不完全なりとして、自分の聞き方の不完全に気づかない自分自身の態度の軽薄さをつくづくと思い知らしめられた」と聞きとった毎田師の表白は、この師にしてこの弟子あり、師弟一如である。
真夏の午後の本堂の情景は、それ自体が一陣の涼風、極楽の余り風である。南無阿弥陀仏