「皆さんは頷きながら聞いておられますが・・」
2022.12.10
12月4日(日)西恩寺様(三重県桑名市・池田勇諦前住職)の報恩講にお参りしました。2席のご法話の後、参詣されている方々との全体座談の最後に、Aさんが発言されました。彼は、祖父母の代から西恩寺様で聴聞されてきた家のお孫さん。当日も仏法聴聞に篤いご両親に促されて、東京から参詣されていました。
「自分は話としてはわかりますが、納得できないし頷けない。そこが今の課題です」と言われ、さらに「皆さんは頷きながら聞いておられますが、ホントに折り合いがついておられるのですか」と。
恩徳讃の後に、Aさんから話を聞きました。彼は東京在住の某企業勤務の37歳のビジネスマンであり、39歳まで会社に勤めていた私としても、どこか親近感を覚えます。
Aさん「両親は何かというと、「それもお与えだ」と言いますが、ビジネスの現場で取引先に自社製品を採用してもらうために工夫したり、部下を育成したり、考えの異なる他部署と調整したり、そんなことでは済まない現実がありますよね」
私「まったくごもっとも。私もずっとそう思っていました。宗教は依存にすぎないから、自分には不要と。娑婆を生き抜く上で「お与えだ」なんて、言ってられませんよ!と。大事な問題提起を聞かせてもらいました。ありがとう。また会いましょう」
Aさんの問いは二つ。
Q1「皆さんは頷きながら聞いておられますが、ホントに折り合いがついているのですか。私は納得できないのです」
Q2「お与えでは済まない現実がありますが、この点はどうですか」
このコラムを読んで下さっている貴方も、私も、「皆さん」の一人です。
さあ、どう応答しますか・・。南無阿弥陀仏