どこへ向かっているのか―「減税ポピュリズム」
2026.01.30
衆院選が始まったが、日本経済新聞が「減税ポピュリズム」との語を掲げ、再三警鐘を鳴らしている。与野党ともに、財源や効果も明らかにせず、「減税します!」のオンパレードである。
同紙が「情動の政治」と批判している通り、マニュフェストや政治実績も一切不問。問題山積だが、耳の痛い話を言わない政治家と耳の痛い話を聞きたがらない国民では、下り坂を転げ落ちる他に道がなくなる恐れがある。
かつての開戦を国民が支持し熱狂した戦前も、こんなムードだったのだろうか。
物価対策も、生活の安定も、もちろん捨て置けないが、国の中長期ビジョンが語られないのは極めて残念である。

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親鸞聖人は「皇太子聖徳奉讃(75首和讃)」の冒頭の一首は「日本国帰命聖徳太子」から始まっている。日本国が日本国を挙げて帰命すべき人格は「聖徳太子」である、と。因みに聖人の門弟が開かれた真宗高田派の『勤行聖典』には、75首和讃が収まっている。
『口伝鈔』が伝える、聖人の兄弟子聖覚法印の仰せ「たとい勅定(ちょくじょう)たりというとも、師範の命を破るべからず。・・王命(おうめい)よりも師孝(しきょう=師の教え)をおもくするがゆえなり」(聖典㊀650㊁794)は、仏弟子のとるべき態度を教えている。
聖人は、なぜ「国を挙げて太子に学べ」と叫んでいるのか。
聖人は、日本国の国体は「帰依三宝」にあるとの太子の慧眼を仰がれたのである。国家の繁栄を祈願する宗教でなく、国家指導者をも導くのが仏教と。
生涯にわたって、真理を踏みにじる法難に遭遇し続けたことが、「世の中安穏なれ、仏法ひろまれ」(『御消息』聖典㊀569㊁697)との「世のいのり」(㊀568㊁697)を生んだに違いない。
「帰依三宝」は「万国極宗」(『十七条憲法』第二条聖典㊀963㊁1155)― 万(よろず)の国の極(きわめ)の宗(むね)なり、つまり「大日本国」は一国を超えた普遍の真理に帰依する「和国」であってほしい、との悲願である。
当選を目的とする政治家、飴玉を求める国民。
私利私欲の満足を追求する他にない、われらを照破する真理への帰依(帰依三宝)こそが国体、「皇法(おうぼう)の槻模(きぼ)」(75首和讃 №58)になり得るのであろう。
それにつけても程度の差こそあれ、「減税」「物価高対策」は各党横並び、国家財政、憲法改正、安全保障、外交方針、エネルギー政策等の重要課題は語られている印象が薄い。よくよく考えたい。南無阿弥陀仏

「年収の壁」を100万円➞160万円に引き上げたのは石破前総理であり、宮沢前税調会長である。
高市総理はまだ働いていないから未知数である。印象操作に安易に乗っては・・

















