小松へ ― 小松大聖寺教区同朋会役員諸兄姉とのご示談
2026.03.15
2月25日の拙寺での事前打ち合わせ( 「どっち行っても地獄やぞ」-師の仰せ | 真宗大谷派 法性山 了善寺 ) を経て、3月13日(金)に小松教務所にてご示談が開かれました。小松大聖寺教区同朋会役員、金沢別院聞法会代表ら8名、僧分は東京教区から7名、東北教区・九州教区等から3名、本派2名の総勢12名と、計20名の大規模なご示談になりました。
冒頭に教務所長、同朋の会会長が挨拶、ご示談を申し入れた私からは、聞法の先達として「私にとって仏法聴聞とは」、そして「寺院・僧分への要望・批判・意見」を聞かせてほしいと趣旨を述べました。
その後の3時間はアッという間、でした。
諸師のお育てに与り、身を通して聞き続けている方々の言葉は深く響きます。


「法話が歴史の解説や感話どまりで、生死を超えるという要を聞かせてもらえんことが多いです。聞かせてもらいたいことにあえない。‵たるっこい´が正直な実感です」
「お寺さんが聴聞しない。お忙しいのでしょうが、報恩講などでもお勤めが終ったら帰ってしまうし、誘ってもまず残らない」
「浄土はあるのか、ないのか。また御文にも引かれている六字釈の「発願回向」について、領解を聞かせてほしい」
傍らの同行からすかさず「そういうアンタがまず言わなきゃ」(丁々発止・・!)
「浄土真宗でいうところの「信心」って、何なのか。端的に答えてほしい」
「こうして仏法談義ができる場がまだあった。今日は身が喜んでいます」
「答えだけ聞いてもダメや。この胸にひっかかっていることがあれば、必ずふいっとわからせてもらえる時が来る」
「時間が足りん。もっと話し合いたい」
役員諸兄姉は、当日の設営、名札や茶菓、メモ用紙や筆記用具まで用意くださり、途中には近くの喫茶店から美味しいコーヒーの出前まで。至れり尽くせりのご接待であり、真宗の危機を感じていればこその真剣さにうたれました。

林暁宇先生が「真宗寺院の住職は、ご門徒に育てられるんやぞ。そして育てられた住職が新たな門徒を生む。それが真宗寺院の歴史や」と言われていたことがあらためて新鮮に響きました。
「たるっこい」の一言は、真実を聞かせよ、真実を聞きたい、との意欲として、深く刺さりました。宗教心の発露であり、われわれ僧分への強い願いのあらわれです。私としても耳が痛いどころではない五寸釘ですが、よくぞ言って下さったご親切と仰ぎます。趣味でも教養でもなく、後生の一大事をはっきりさせたい、と求道する方々の「姿勢」こそ、活きた浄土真宗であり、現在進行形の本願力の発動に他なりません。
「聴聞する人が減ってきた・・」とは何処でも耳にすることですが、「念仏や正信偈では人が集まらない」と、教化施策が世俗化に傾斜する限り、そこから念仏者が生まれるはずはありません。親鸞聖人は「仏法を破るのは他でもない、仏法者なのだ。獅子身中の虫だ」(『御消息集(広本)」第10通・趣意)と、すでにお見通しであったことに驚かされます。
14日には林暁宇先生ご夫妻の住居「具足舎」と隣接する鍋谷道場(谷田家 称佛寺鍋谷道場 ※道場ですが一般住宅につき、お盆法要などを除いて非公開)を訪ね、その後に暁烏敏先生のご自坊明達寺様を参詣しました。


田の字型の四間は襖を外すと広い仏間になります

設計:伊藤平左衛門/梵鐘:金壽堂(滋賀県)
鐘の正面には「汝自当知」(にょじとうち 『仏説無量寿経』)
(師仏 世自在王仏が法蔵菩薩に向かって放った一言 「汝自らまさに知るべし」)
鐘の四面には師の和歌が刻まれています
―無量寿を念(おも)ふこころに死をこえて生もおもはずただほがらかに―
―生と死のうねりをなして常住(とことわ ※永遠・超歴史)のいのちの水のながれゆくなり―

定例法座 毎月「第2土曜」14時~16時 現在は「和讃」を講じておられます(どなたでも参詣できます)


午後は高堂(たかんどう)の一楽先生のご自坊、宗圓寺様の定例法座に参詣しました。法座後のご示談にて、「いのち終わるまで聞き続けます」と、よどみなく言いきられたご婦人の声も耳に残りました。南無阿弥陀仏















