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コラム・法語
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法味ゆたかな賀状を賜りて―

2026.01.04

今年から賀状を控えました。欠礼をお詫びします。
福井在住の法友から頂戴した、法味ゆたかな賀状を披露します。


冬空を見ず衆生を観(み)大仏(おおぼとけ)  虚子

法友に尋ねたところ、高浜虚子(たかはまきょし)が鎌倉の大仏に詣でた際に詠んだ句だそうです。大仏に向かい、仏の眼差しを感得されたのでしょう。衆生の観察でなく、仏の観察。主体がクルリと翻っています。

暁烏先生(俳号:非無 ひむ)は、生涯に数多くの句と歌を詠んでいます。
その発端は東京浩々洞に在洞していた若き頃、根岸庵に暮らす正岡子規と交流があったことにさかのぼります。師は当時のことを次のように述懐されています。
「(正岡子規は)師匠清澤満之先生と、よほど似通ったところがあった。・・物堅くて、何となく威厳があって、しかも中心に暖かいところがあって、抱きかかえるという感じであった」(『ホトトギス』昭和26年4月・暁烏敏「根岸庵の思出」)

子規とのご縁が句仏上人(東本願寺第23代大谷光演法主)との交流を生み、また子規から俳号「虚子」を授かった高浜虚子とも終生親しい交わりがありました。
昭和27年1月初頭、暁烏先生が宗務総長辞任との報道を耳にした虚子から届いた葉書には、「実に一枚のはがきの右上片隅に「賛成」と二字。あとは沢山の余白が、さつさつの余韻を諷していた」(野本永久『暁烏敏伝』793頁)と秘書の野本永久(のもととわ)女史は記しています。二字のみの葉書を送る虚子は何とも素晴らしい。そして、「余白」に感応道交した野本秘書は、暁烏師と虚子に師事された一流の俳人でもありました。
晩年に明達寺を訪ねた虚子の句と暁烏先生の返句が明達寺境内の石碑となっています。

それにつけても、LINEやメールに慣れきった私には、まばゆいばかりの風光です。南無阿弥陀仏

秋晴や盲(めし)ひたれども明らかに 虚子

一期一会(いちごいちえ)秋のみ空の雲はやし 敏



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